(約5年前京の深山で~ある日のノートから)
鞍馬山 そのまた奥に分け入れば
その名も悲し 大悲の山あり
大悲山 その中ほどに屹立す
三本杉と言う 巨木ありける
一株の 幹より途中で三本に
分かれて空にそびえたつなり
その太さ 人が手をつなぎ30人
合わせてようやく周りぬるなり
見上ぐれば はるかにそびえる
大木の 先さえ見えぬ高さありける
その昔 三本杉に篭りてし
剣術修行す 変わり者あり
竹内の 巨麿という者ありて
親の仇のため剣を修行す
この山は 天狗をはじめもろもろの
獣の霊の パラダイスなりけり
鞍馬山 魔王が吾を導きて
さら奥なる この山選べり
三日間 いかなる霊の来るとも
辛抱せよと 脅かす神霊
木の下に 古びた祠が立ちおれり
何神なりやと 伺いてみる
威儀正し 天津祝詞を奏すれば
祠の下より 光る眼ありけり
木の根もと 株の間より何ものか
顔出しわれの様子を伺うかがう
手招きし こちへ来よとうながせば
二匹揃いて 外に出てきぬ
この大蛇 最初は蛇と思いしに
よく見りゃ 足の四本ありける
「吾は かの 白鷹竜王なる」と言う
「これよりおのが修行を見守る」
「ああそれは 大儀である」と返しなば
二匹並びて 礼をなしつる
この日より 三日の間この杉で剱の
修行に われは励みぬ
不思議にも 修行をなせるその間
二体の竜神 われを見守る
人知れず 山にこもりて 行をなせば
山神来りて われを惑わす
森の中 闇につまれし間より
魔物現れ われを威嚇す
手に持ちし 木剱振るえばたちまちに
蜘蛛の子蹴散らす ごとくに逃げり
稽古終え 礼拝なせば竜神は
そろいて木の根に帰りゆくなる
稽古後に ほてった体を冷やさむと
川に入りて しばし休らう
足元に 柔らかなる感触の
ありて見やれば 山椒魚なる
1メートル 以上はあると思わるる
山椒魚に逢うぞ嬉しき
よく来たと 体摩れば猫のごと
体くねらし じゃれつく可愛さ
おまえの名 よければ教えてくれぬかと
問いかけみれば プカリと浮けり
よしなれの 名前はぶぶと名づけなむ
いいかと問えば こくりとうなずく
やあぶぶよ わが言う事を理解すか
かしこきやつと 頭撫でぬる
ふと周囲 見やりてわれは驚きぬ
川一面に 山椒魚の群れ
その数は 川埋め尽くすほどになり
さびしき山も 賑わにける
あくる日も 川に入れば友の来て
わが足元に寄りてじゃれつく
寂しきと 思いし山の中にさえ
神の恵みのあふれておれり
今日もまた あまたの友ら集いきて
楽しき時をしばし過ごさむ
今日の日の 彼らの様子いつもとは
違うを察し いぶかしく思う
じっとして わが足元で動かずに
おれる彼らの様子をうかがう
しばらくし なにやら水面に浮かべけり
手にてすくえば黒い粒あり
山椒の 魚の卵と察しける
われも喜び産卵を祝う
たくさんの 山椒魚たちわが足の
もとで産卵開始しにける
この卵 無事に孵るを祈願して
山神さまに われは祈りぬ
早朝の まだ明け染めぬ暗き道
木剱もちて 山に分け入る
三本の 杉に祝詞を奏すれば
二匹のとかげが姿あらわす
言霊の つるぎの技を修めむと
神に祈願し 稽古に励みぬ
やがて日が 昇りてあたりを照らしだす
光あふれるさまは天国
わが泊まる 宿は門前茶屋という
小さき宿に 世話になりたり
土地のもの つかいて調理をなしおれり
素朴さ嬉しき 温かき宿なる
夜になり 部屋に戻ればたちまちに
空気の変わるを肌で感じぬ
部屋の外 異様な気配の漂いて
われを取り囲み襲いくるかも
早速に 部屋の四隅に印なし
結界張って 防御をなしぬ
祝詞のり 結界ますます強力に
なるを感じて 安堵をおぼゆ
こちらには 入れぬことに歯がゆさを
おぼえし魔物の様子可笑しき
あくる日も そのあくる日も夜な夜なに
われの様子を伺いおりぬ
三日経ち われの修行も無事終えて
山を降りぬる日とはなりたり
怪我もなく 心安けく過ごせしは
神の見守りあればこそなり
あるときに われの話しをどこかより
小耳にはさんで詣でし者あり
三本杉 目指して進むその者に
途中で災難にあまたみまえり
かれの言う やはりいましの言う通り
神に許しのなくば進めじ
これからは 神に祈りて何事も
なすを第一と 思い知りたる
この行は 神の導きあればこそ
怪我無く無事に終えたると知れり
三日たち 三本杉での剱修行
終えたることを神に感謝す
ことのほか 空晴れ渡りさわやかな
風がわが頬やさしく撫でる
連日の 朝夕稽古にいでませし
竜神二体に礼を述べつる
ごくろうで あったと聞こゆるわが耳に
入りし声は いずこからなる
山々の 木々も草木も 禽獣も
虫も魚も 同じ生き物
同じ水火 吸って生きてるものなれば
愛しく思いて涙あふれる
三日間 山に入りしも途中にて
人に会いたることもなかりぬ
神霊と 向き合いいたる三日間
あっと言う間に過ぎしを惜しむ
最終日 山椒魚のぶぶに逢い
別れをなさむと 川に入りぬ
川入れば どこにも姿の見えざれば
声を放ちて ぶぶの名呼びぬ
大声で 叫びしかいもあらざるか
姿を見せぬ われの前には
落胆し こうべを垂れしその下に
ぶぶの姿の 浮かびておれり
不思議やな どこから汝れの来たるらむ
わが足元に いつの間にやら
いざさらば いまからわれは帰りなむ
また逢う日まで 達者なるべし
首ふりて 別れを惜しむぶぶなれば
いとしさ増して 涙あふるる