理屈だけで生きてきた人間は、
行動少なく口数が多い。
上のものが何かを支持したとき、
すぐ「なぜ?」と不服そうに
自分が納得できるまでつきまとって
質問を繰り返す。
なぜもくそもない。
良いから良い。
悪いから悪いのだ。
人が集団でいじめを受けているとき、
「なぜ」と考えずに、とにかくぶん殴って
人を助けることが必要だ。
また、あることを見かけて
「それは良くないからやめたほうがいい」
と言うと、
「なぜ?誰も見てないし、
法に触れてないからいいじゃない」
などと口を尖らせて言う。
なぜも何もないのだ。
正義じゃないからだめなのだ。
弱いものいじめだからよくないのだ。
間違ったことはとにかく良くないのだ。
何が間違い?何が正義?
そんなものおのれの心に聞け。
上に立つ者が真摯なる神への斎く心と、
命をかけた姿勢をもって天を仰ぎ、地を見るに、
「今こうすればいい、今こうしなければならない」
と、そう判断したのだ。
それに対し、一も二もなく下もそれにしたがう。
それが「信じる」というものだ。
あくまで公と民を思い、そのために命を
かけてこその必死の判断であることだから。
しかし、近年は民主主義だとか、
自由主義だとか言って、とかく縦に並ぶのを嫌い
すべてを横に寝かせてしまう。
縦あっての横。
点あっての円周。
これが日本の国だ。
ここは西洋と違うのだ。
万世一系の皇国である。
命がけで縦を築き、命がけで
点を押さえてきたからこそ保てた平和だ。
ゆえに世界に類を見ない
深い精神性を築くことが出来、
永遠に続く和合世界を樹立できた。
また、この国の文化は、上も民も規模こそ違え、
季節ごとに同じ風習を保っている。
これは外国にはみられない風習である。
外国では、王のやることは絶対
奴隷は真似ることは許されない。
正月行事、田植え行事、お盆行事など
日本国民上下の区別なく総出で行う。
日本は一つの家族のような系列を
築いている。
神の采配を仰ぎ、宇宙の真理に照らしあわして
国をおさめてきた日本と、
私利私欲で国を建て、力ずくで民を治め、
奴隷制度をもって、
理不尽な人種差別を行ってきた外国の
王族思考とは違うのだ。
日本の伝統芸能の稽古においても
師は絶対的の存在である。
右を向けと言われたら
黙って右を向いてきた。
しかし、近年は「なぜ右なんですか?」と
質問する稽古人が出てくる。
なぜ右なのかは、稽古によって
体で理解するべきなのだ。
なぜ右であったか、人によって差はあるが、
数年後、あるいは数十年後に分かる日が来る。
「ああ、こういうことだったのか」
と、その右の秘密を知った時、
感激に体が打ち震える。
そんな経験をした者が幾人ほどいるか。
これは本当に得がたい体験なのに。
いま「何々だから右なんだよ」と教えて
頭だけで理解してどうするのだ。
考える前に動け。
師の言うこと、技のことにいちいち疑問を
はさむなら「日本の稽古」など出来ない。
「私は何があっても先生についていきます。
どんなことでも耐えます」
私の内弟子時代、そう言って
実際に先生に着いていった人間は一人もいない。
着いてくる人間とは、内に静かに燃えるものがあり、
実際に思いを語る前に形にする・・・
そんな人間だった。
師は、長い経験と深い読みで
それを視ることが出来る。
ゆえに、いちいち「私はついていきます」だの
「どんなことでも耐えます」だの
言わなくても分かるのだ。
それを言うことによって品が下がることもある。
これが武道の世界だ。
私の誇りは、厳しく辛く私を導いてくれた師を
もったことである。
その師たちは、すべてにおいて命をかけてきた。
日本を愛した。
自身の稽古をかかさなかった。
よく怒った。
口数少なく何もしゃべってくれなかった。
しかし、語らないけど私は沢山なことを聞いた。
師はよく怒ったけど、
心で沢山褒めてくれる声を聞いた。
自分が先生に好かれているとか、
嫌われているのではないか・・・
などとは微塵も思ったこともなかった。
師と弟子はそんな関係ではないのだ。
突然理由なく殴られたこともあった。
しかし、胸に手をあてると
ちゃんとした理由があることを自覚できた。
背中で命をかける姿を教えてくれた。
だから命をかけるのは当たり前だと
思えるようになった。
師の言動は、1000人に誤解されたこともあった。
しかし私一人は贔屓目ではなく
師を理解できた。
なぜなら師と一緒に命をかけて生きてきたから、
師の魂の叫びが私の魂にこだましてきたのを
聞けたのだ。
道に没頭する者の心を、
凡人が知ろうはずはない。
同じステージで考えるなど失礼であり、
申し訳ないと思った。
本当にいろいろなことを学んだ。
声を聞くよりも、動きを見るよりも、
黙っている背中に多くを学んだ。
そんな師たちを輩出したこの素晴らしい国
日本に生まれたことをありがたいと思う。
いまも師たちの声がする。
あの時に言われたこと、叱られたこと、
叩かれたことの意味が、
何十年も経ったいまようやく理解できる。
あの時は浅薄だった。
若かった。
実はいまもまだ理解できないことがある。
しかし、やがてそれを理解できる歳になるだろう。
それが楽しみである。