特定非営利活動法人 武道和良久

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誌上講座293


「一人稽古と組み稽古」


一人で稽古する。

これは、山に篭って稽古するのと同じで、
誰も邪魔する者がいない。

束縛が無いので自由に動くことが出来る。
その時はそれなりに良い気分に浸れる。

自分が自然に触れて、それに溶け込んだような
何ともいえない幽玄な気持ちになり、
動きもゆったりとして、
まるで名人になったような気になる。

しかし山を降りてみて、しばらくすると、
俗世の風に吹かれ、あれあれ・・・
たちまち元の愚かな吾にかえってしまう。


命を賭けて、何年も山中で修行されたある高僧が
こんなことをおっしゃっていた。

「いくら山に入って行を積んでも、山を下りたら
元にかえっていく。これではいかん、と、
また垢を落としに山に入る。

私はこんな愚かなことの繰り返しばかりしている。

これを思えば、やはり、修行とは
俗世を離れては存在しないものだ」


私も26歳の時、京都の南禅寺の山に入って
武道修行をした。

それまで世間で荒行を積んだことの総決算であり、
心身の整理であった。

人は、自分の中に無いものは表に出せない。

持っていないものは、ますます欠乏し、
持っているものは、益々与えられるの。

心に自分の確信できる夢をもっているなら、
その夢は、必ず形あるもとして現われる。

それを如実に覚る経験をこの時にした。

山で一人でいるとき、自分の心の中にあるものが、
次々と形として現われてきたのだ。

それも最もいやな心の部分・・・これは怖い。

ことに早朝のまだ暗い朝もやの時、または夕暮れ時に
幻影が沢山出てきた。

人とも何とも形容しがたいものが、
こちらに迫って来る。

それを「エイ、ヤー、トー」と、汗だくになって
気合もろとも受け流し、突き倒し、蹴り倒ししていく。
すると徐々に現われる幻影が減っていく。

これは自分の心との格闘だったように思う。
いままでで、最大の強敵であった。

滝に打たれた時は、徐々に滝の落下する水の勢いに
負けない体勢を整える要領を得る。
これが中心かと初めて覚る。

山は、眼に見えぬ者たちが集い、また禽獣虫魚、
草木などが息づく山は、都会以上に賑やかである。

声無き声を、うるさいと思ったことがあるが、
あまり寂しい、という気はしなかった。

確かに、山には何かしらの神々もどきが大地に樹木に、
虚空に詰まっている。

そして、その経験が結局神仏への帰依心につながった。
それまで、信仰心などなかった人間がである。

このように明確に求めるものがあって山に入るなら
意義もあろう。答えも出るだろう。

しかし、ただ何となく・・・では、
時間の無駄というものだ。否、かえって危険である。

一人稽古にとって最大の危険は、「自分よがりの世界」に
入ってしまうことである。

そのような気になった・・・ではいけない。

その動きが、思いが実際のシーンで本当に
役に立つものかどうかを確かめなければ、
結局それは自己満足であり、
「一人達人」で終わってしまう。

こういうのを、天狗という。

山中にいる天狗は、自分のすることを邪魔するものが
ないので、自分が偉いと思い込んでしまう。
そう・・・鼻が高いというが、
そうなってくるのである。

天狗ではいけない。
自他共に認めうる人物とならねば。

そのためには、社会で一人でも多くの人たちと
交流すべきである。

稽古であれば、お互い臆せず
技を磨きあうことである。
一人稽古で有る程度技を理解したら、
今度は組み稽古を行うことである。

そうすると、自分の都合のよい動きが、
相手にとってはよくない、ということや、
逆に相手の動きが自分にとって
とらえきれないものとなったりすることを経験する。

自他共に都合のよい中庸の動きと思いを、
組稽古で学ぶのである。
これは、やはり組まなければ分からない。


一人で稽古すると、自分ひとりの世界に
入り込んでしまう危険性。

その時に、ほとんどの人間が鼻高の天狗になる。
鼻を折ってくれる人がいて初めて
本当の稽古になる。本当の技が身につく。

人と組む稽古は、山を降りていろんな人と
交流をするのと同じである。

気の合う人もいれば、いやな人もいる。
甘い人もいれば、きつい人もいる。

社会に生きていく以上、いろんな人と呼吸を合わせ、
また合わさせて生きていく必要がある。

それが出来ない人は、心の病、また体の病に陥る。

人は協調性をもって
生涯を生きていく生き物である。

一人稽古は、社会という波にうまく乗っていくための
技と心構えをつくっていく準備段階。

組稽古は、社会そのものである。
さあ、恐れずに向かい合おう。

あなたを本当に磨いてくれるのは、
あなたの隣にいるパートナーなのだから。


続く・・・