特定非営利活動法人 武道和良久

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誌上講座296


「見る、観る」(2)


さて、「見る」と言っても、
一体、何を、どこで、どのように
見ればいいのでしょうか。

われわれの先人たちは、
こういったことへの答えも、
すでに用意してくださっています。

武道の伝書には、ものごとの真相は
見(けん)の眼ではなく、
観(かん)の眼でみるべしと書いています。

見の眼は弱く用い、観の眼を強く用いること
・・・とも伝えられています。

体の動きを制御するのは心です。
言い換えれば心が見えれば、
体の動きがよめるのです。
また、心をコントロールすれば、
体もうまく扱うことが出来るのです。

簡潔に言えば、早い、強い動きをとらえるには、
相手の動きが、次にどう来るのか読めれば、
何の心配も恐怖もありません。
先のことが分かれば安心できます。

「動体視力を鍛えるの?」
いえ、筋肉の動作ではありません。

一流であればあるほど、眼で捕らえれるほど、
そんなのんびりした技などもっていませんから。

では、どうする?

まず、この心を読むと言う
「観」を考えてみましょう。

「観」のことを大辞林には、
「想念や心の本性などを心の中で観察し、
真理に達する方法」とあり、

また、天台宗では「止観」と言う瞑想法があり、
これは「心を静め、智慧のはたらきによって
宗教的イメージや真理を心の中に出現させ、
感得すること」とあります。

要は、肉眼の眼ではなく、
心の眼で観るということです。

「見る」は眼で行い、
「観る」は心で行うということですが、

眼で見るものは形あるもの
心で観るものは形のないもの

観る・・・それは物の本体、
本性を観るということ

それは霊性の観察と言っていいでしょう。

では具体的に観を訓練しましょう。
和良久ではそれをすでに行っています。

霊性と言っても、一体どう観ればいいのか、
難しいでしょう。

霊性、これは大気の中にあり、
大気は空気に満たされており、
空気は呼吸によって実感できます。

呼吸は、水火と言う、陰陽、
プラスとマイナスなどのエネルギーの一部であり、
水火はご承知のように螺旋しています。

それがタテの波、ヨコの波、前後の波を
波打って旋回しています。

タテの波は下田(下腹)が、
ヨコの波は上田(額)が、
前後の波(中田)が司っているのは、
和良久をされている方ならもうご存知のはずです。

ならば、この三つの部位で、
三つの波を見分けるのです。

タテの波には、下田が同調します。

ヨコの波には、上田が同調します。

前後の波には、中田が同調します。

稽古で、私は、皆様に
「劒を見ないで水火を観て下さい」と
よく申し上げますが、
何のことだろうと疑問に思う方も
多いことと存じます。

実際、高速で旋回する劒を眼で追っても
追いきれるものではないことは、
少し稽古をされた方なら
分かっていただけるでしょう。

一体、相手の劒が次に自分に向かって、
どこから飛んでくるのだろうと、
迷って動けない人も多いと存じます。

劒を眼で見てはいけません。

丹田で波をとらえるのです。

縦波、横波、前後の波・・・そして、
それを動かしている元の部分である「軸」です。

波は共鳴します。

タテの波を知りたければ、
自分もタテの波をもつことです。
同じように、ヨコも、前後もです。

波を持つと言うことは、
波のある動きが出来るということです。

凝解分合動静引弛・・・の、八力を知ることです。
出来ることです。

八力は波です。

その波の中に魂が宿っており、
それが一霊四魂です。

波を知れば、それを見れば、相手の動きも考えも
おおよそこちらに伝わってきます。

奥山先生は「劒を見ないで水火を見なさい」
と、よくおっしゃっていました。

水火は、大気の流れであり、波です。

それを静かに観ることによって、
全身の皮膚で波を感受し、
自然で、かつ適切な対応が可能となるのです。


続く・・・