「世阿弥 能 「布留」」
〜解説書より抜粋
概要
九州彦山の山伏が、諸国巡礼の途次
石上明神に立ち寄る。
傍らを流れる川で布を洗う女に尋ねると、
女は山伏に周囲の名所を教え、
明神の神体である剱の由緒と、
布留川にまつわる鎮座伝説を語って聞かせ、
信心を起こせば神剱を拝することが出来る
告げて姿を消す。
その夜、山伏の夢中に女が神の姿で
剱を捧げて現れ、舞を舞い、
素盞鳴尊の大蛇退治の有様を再現して見せる。
剱の鎮座伝承を軸に大蛇退治譚や
神武東征伝承を配した女神の舞物。夢幻能。
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中略
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布留とは布に留まると書きたる謂れによりて、
神の御衣(みそ)とは申すなり
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当社のご神体は剱にて御わたり候
この川に荒ひし布に流れ留り給いし
御剱(みつるぎ)なり
そもそもこの御剱と申し奉るは
地神(ぢじん)第一の御代
天照大神の兄 素盞鳴の尊の神剱なり
八雲立つ出雲の国 ひの川上にして
大蛇を従え給いし 十握の剱(とつかのつるぎ)
これなるべし
その後神の代々を経て 国家を護る神剱として
神変飛行(じんぺんひぎょう)を現し給う。
人王第一の帝をば 神武天皇と名付け
奉りしなり
筑紫日向の宮崎に 多年を送り給ひしが
この八洲(やしま)の国は皆 すなわち
王地なればとて
御船を整へ 軍兵を集めおはしまし
悪神を鎮め給いしも この剱を振り下げし
御影の威徳なるとかや
しかればこの剱を 豊布都神(とよふとじん)と
号すなり
終には当国 この石の上に 納まり給うより
国家を護りの神となり 怨敵を鎮め給うこと
まことにめでたかりけり
またその御名を布留の剱(ふるのつるぎ)と
申すこと この川上の流水より流れ出で給いて
水仕の洗いし麻布に掛かり留まり給いし
より 布に留る故をもて布留とは申すなり
・・・・
夢中なりとも御剱を拝まんことは信不信の
心に寄辺の瑞垣を越ゆると見えて失せにけり
・・・・・
ちはやふる 神の御剱曇りなく
なほいちはやき一刀の
刃の験僧行徳の法味にやうかん垂れりと
かやあら尊の妙音やな
・・・・
金色妙なる御衣の袂に 光輝く御剱を
捧げ給うぞありがたき
・・・・
面白や白妙の 月の光や御剱の御影
いづれもいづれも冴え氷りて
げにも天照らす神代の剱も
今に曇りなき霊剱かな
・・・
思い出でたり神代の古事(ふること)
聞けばその代も久方の ひの川上の
八色の雲の 稲田姫の玉の簪(かんざし)
湯津の爪櫛光もさすや
面影映る酒水の舟に 件(くだん)の大蛇
わだかまれるを 尊十握の剱を抜きて
寸々(つだつだ)に斬り給えば
生贄も絶え果てて 天(あめ)長く地(つち)
久しくて 国土豊かに安全なるも
ただこの利剱の恩徳なり
あらありがたやと戴きまつる
光も輝くや
影より白みて烏羽玉(うばたま)の
夜はほのぼのと朱の玉垣
夜はほのぼのと朱の玉の戸
押し開きて御殿の内に
剱は納まり給いけり
剱は納まり給いけり
応永三十五年二月日 世書
続く・・・