「和良久って何だ?」 (16)
和良久は剣術ではないのですか?
・・・そう問われました。
剣術は、相対する相手を切り払わんとして、殺気を漲らせて、
その技を競うもので、いくら哲学や宗教の教理を付加したところで
結局「殺人」の為の訓練にほかなりません。
和良久は、確かに剱を使って互いに打ち合うような稽古にみえますが、
これは相手の力を奪うのではなく
「相手に力を与える」ことを目的に行っています。
「切った、切られた」「やった、やられた」の世界とは
まったく無縁の稽古ですし、和良久の稽古をしている人たちが、
稽古中、互いに笑みがこぼれるのを見ても、
それはご理解いただけるのではと思います。
私たちは人を殺す稽古をしているのではなく、人を、
また自分を活かす稽古をしているのです。
ある流派にこういう言葉があります。
「殺人刀、活人剱」
「刀」は人を殺すための道具ですが、
「剱」は人を活かすための道具なのです。
和良久の稽古にある者は、和良久とは相手の心を開放し、
体を癒す技であることを忘れないようにしてほしいと思います。
続く・・・