「偏りのない、バランスのとれた稽古を(1)」
世間では、癒しや、潜在意識の向上を計るために
リラクゼーション、つまり体をほぐして、
ふにゃふにゃの状態にもっていく手法がよくとられます。
この自己陶酔にも似た状態をつくることが
ベストだと考える向きが多いようです。
そのほとんどが、なだらかで優しい動きであり、
それはごく簡単な技法を用いた
真似すれば鍛錬の必要のまったくない、
苦労いらずの誰にでも出来る動きを旨とします。
ここではいわゆる、芯(軸)を抜いた体をつくります。
そうすると、自分に優しく、人にも優しい性格を帯びた
「ヨコの波」が作られるからです。
しかし、これだけで本当に広い世の中の
役に立てる誠の人が育つのでしょうか?
自己を空しくし、誰にでも合わせられる神経と
柔軟さをもつことだけで
何かをなし得ることが可能なのでしょうか?
誰にでも出来る動き、そして心地よいリラクゼーション・・・
これが魔の世界への落とし穴なのです。
人の芯を奪い、軸を消させて、その隙に悪霊たちが
入り込むと言うことを知らねばなりません。
異常な癒しブームの影には、こういった霊的なことが
関係いたします。悪魔の作戦といいますか、実に巧妙です。
日本の稽古はこの隙というものを無くし、
堅固な軸をしっかりうち立てることを主眼といたします。
悪魔討伐こそ日本伝統芸能に共通する使命です。
軸の建立は神柱としての自覚を促し、
また悪霊のもっとも忌み嫌う行為です。
さて、波と言うのは、ヨコ波だけでは成り立ちません。
強い「タテ波」、また、引いては寄せ、寄せては引く
「前後の波」もあってこそバランスを保つものです。
この色々な波に打たれ、また乗っていってこそ
人は向上していくのです。
人は、志を抱き、大業を成すには、天の時、地の利、
人の和を大切にします。
これに合わせ、我々和良久の稽古人は万物を形造る
大切な三要素である「剛、柔、流」を思い出して下さい。
人体の構成で言えば、剛は骨格であり、上下の強さ、
柔は肉であり、左右の柔らかさ、流は血であり、前後の間。
この三要素がバランスよく打ち揃ってこそ
稽古はまことに順調に進んでまいります。
これらを統合して考えますと、
「天」は動かすことの出来ない秩序であり、
守らねばならない義務である「タテの力」、つまり剛。
「地」は自然であり自由を有している「ヨコの力」、つまり柔。
「人」は天と地の間に生かされながら、
行きつ戻りつする「前後の力」、つまり流。
以上のようなことをバランスよく配合させ、
自己を練っていかねば向上は無いのです。
この三要素、これまた日本の稽古事に共通したものです。
続く・・・