4.戦わない試合
試合当日は敬愛する南禅寺の和尚、御手洗儀文師も見にきてくださいました。今までの試合なら心臓が口から飛び出しそうなくらいの緊張感も今回は露ほどもなく、淡々としている自分が嘘のようでした。こんなゆったりした気持ちは初めての経験でした。
試合では、私は両手を上下に大きく広げて「天地の構え」と言われる受けの構えを取りました。勝とうとも負けようとも思わない妙な心持でした。
道衣の懐には南禅寺でいただいた「達磨さん」のお守りが縫い付けられています。そのお守りの縫い付けている部分を右手に握りながら「だるまさん、だるまさん」と心でリズムをとって構えていました。
無心に立っていると不思議に体が勝手に動いていくのが分かります。そして、相手を傷つけないように気をつけながら、受け流して引き倒す、また受け流して引き倒す「さばき」技に徹底していました。やがて気が付くと決勝戦を迎えていました。
「…さて神様お願いします。私の行くべき道をお決め下さい」
そう念じて試合台に上がりました。
相手は後輩の中山君。彼は一回戦から徹底した攻めに徹し、相手を豪快な力技でノックダウンを重ねながら決勝戦まで勝ち進んでいました。私とは全く対照的な戦法でした。
結果は判定で中山君が優勝を飾り、第一回全日本選手権大会も無事幕を閉じました。試合後、私は大いなる安堵感に包まれていました。
「ああ、一人もケガをさせなくてよかった。おまけに私もどこも痛めていない。こんなありがたいことはない。正道会館も中山君がいれば安心だ」
そして「これで神の選択が決まった」と思い、そのままそっと試合会場を後にしました。
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